「天才」の意味について、考える。

おはようございます♪

一昨日、TVでミュージックステーションを見ていたのですが、

エレファントカシマシの宮本さんと、Coccoさんの歌うところを見ていて、

「あ~、天才って、こういう人のことを言うんだろうな~」って思ったんです。

圧倒的なパフォーマンス。好き、嫌いにかかわらず、目が離せない。

全身全霊で、「そこにいる」。

 

(あ、私はお二人とも好きですよ 😉 )

 

私が(最近)とても大好きで尊敬していて、ワークショップなどでご指導いただいているヨガの先生がいます。

(その先生のことも、私は、天才だなぁ~と、思ってるんですが)

その先生は、すごくすごく勉強されていて。頭の回転も速く。知識が、経験が豊富で。

ワークショップでのお話も、レベルが高すぎて、私にはちょっとチンプンカンプン。笑

だけど、チンプンカンプンなりに理解しようと一所懸命聴くし、理解できてるつもり。

でもね、一つだけ、一か所だけ、どうしても、「そうだよね」って心から思うのが難しいことがあった。

 

それは、呼吸と瞑想中の、先生の言葉。

「皆さんは、全員、それぞれの方法で、最高に天才です」

という言葉。

 

そうなのかな?

私は、私のやり方で、天才なのかな??

 

先生が言うところの「天才」って意味が、いつもピンとこなかったんですね。

でも、昨日ね、天才たちを見てて思ったの。

 

あ、そのままでいいんだ。

 

たぶん、すんごい目が離せないパフォーマンスをする人って、

アンチも多いんじゃないかと思うんですよ。

アンチとまではいかなくても、

「変わった人だな~~」って、見られる事が多いんじゃないかと思う。

(エレカシの宮本さんやCoccoさんはもう大御所?なんで、そんなこともないかもですが)

でもね、ぶれないんですよね。

色々、外野からの声もあるでしょう。

でも、ぶれないんです。

貫き通す。

自分を。

ぶれようがないのかも、しれないけれど。

だって、いつも全身全霊で、全力なわけですから。

 

そーゆーことなんだろう。

「それぞれの方法で天才です」って、

そのままの自分でいいって、ことなんじゃないの。

ただしその自分が、迷いなく全力ならば。

 

小さい頃に、否定されて、矯正されて、親や教師の良しとする価値観を植えつけられたり、

彼らの思う、「まともなふるまい」の価値観に振り回されたり、

学校や会社や、その他狭い人間関係の中で波立てず無難に過ごすうちに、

自分が本当はどうしたいのか分からなくなっていたり。

 

そのままの自分とは違う自分になってる人、いると思う。

迷いなく全力でいるのもむずかしいこともある。

私もそうやけど。

でも、ヨガを始めてからかな?

そういう呪縛から、だいぶ、逃れられたような気がする。

 

でも、まだまだ残ってる。呪縛。

 

ヨガのレッスンでよく言われる、

「誰かと自分を比べないで。他の誰かになろうとしないで。そのままで、ありのままで、いいのです」

 

色々な先生からも言われるし、自分もレッスンで言うし。

でも。

 

わかったつもりになってたけど、本当にはわかってなかったのかもしれない。

 

昨日、天才たちを見ていて、そういう風に思ったのでした。

 

私も、

いつもいつも。

「全身全霊で、そこにいる」人に、

 

なりたいと思う。

 

 

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